ハタチたち by.Concent

Case 05

4,300粒の種から1株だけ生まれた奇跡のいちご
とちおとめの「20年」

2016/01/06
栃木県と言えば、いちご。いちごと言えば、とちおとめ。誰もが一度は味わったことがあろうあのいちごも、今年で生誕20周年を迎える。その誕生秘話を握る、日本唯一のいちご専門研究機関「栃木県農業試験場いちご研究所」の所長・石原良行さんにお話を聞きました。

同じいちごから採れた種なのに、すべて違ういちごになる

― 石原所長はとちおとめの開発当時から携わっている、とちおとめのお父さん的存在なんですよね!

私はいちご研究所の前進となる栃木県農業試験場野菜特作部に、1989年の4月に異動してきました。そして翌年の1990年に、いちごの新品種を開発する「育種」の担当になったんです。ここに来た年の翌年からとちおとめの開発が始まったので、開発から出願まで関わりました。1人の人間が開発から種苗登録にまで関わるのは本当に稀と思いますよ。

― 「育種」って、何ですか?

少し大きめのいちご1つからは、約400粒の種が取れるんです。でも、同じ1つのいちごから採れた種なのに、全て違ういちごになる。その性質を生かして交配し、新品種育成をしていくのが我々の仕事です。

栃木県は1969年から品種開発をすすめていて、この46年間で品種になっているものは「とちおとめ」を含めて8つあります。最近の品種では「スカイベリー」があります。

― その「品種」とは、私たちが普段食べているいちごのことですか?

一応そういうことにはなるのかな。区別性や均一性、継続性があるだとか、そういった条件を満たせば「品種」にはなります。だから極端に言えば、誰でもできるし、何でも「品種」になるんです。けれども、それを市場が受け入れるかどうかということになると別の話ですよね。「『品種』は全てみなさんのお口に入るか」と言われれば、そういうわけでもありません。

女峰のいい面を引き継ぎながら、欠点を改善するということ

― では「とちおとめ」についてお聞きします。
交配されたということは、とちおとめにもパパとママがいるんですよね?

とちおとめは久留米49号(♀)と栃の峰(♂)をかけ合わせて生まれました。久留米49号は果実が大きいし、形が綺麗なんです。栃の峰は、味がいい。本当に美味しいんです。

― 久留米49号と栃の峰をかけ合わせた理由は?

私がここに来た当時、1990年の栃木県は「女峰」という品種の全盛期でした。形もいいし、味もいい。年内から収穫が出来るし、栽培もしやすい。「女峰」は素晴らしいいちごでした。
でも、パーフェクトな品種ってないんです。女峰も今までのいちごにはなかったいい面を持っていた反面、2月以降に入ると果実が小さくなり、酸味が強くなるという欠点がありました。

だから女峰のいい面を引き継ぎながら、欠点を改善するということが後の品種に求められました。
久留米49号と栃の峰、この2つにも女峰の血が入っています。だから女峰のいいところをとちおとめにも取り込めたんです。

― でも必ずしも両親のいいとこ取りを出来るわけではないんですよね?

そうなんですよ。当時は4,300粒の種を蒔いて、久留米49号と栃の峰の交配組み合わせからは519個の株が出来ました。その中の1つが、とちおとめ。だから全てのいちごが両親のいいとこ取りを出来るわけではないんです。

実生株を選抜する石原所長(左)と植木氏(右)(1991年撮影)

― とちおとめの誕生まではどのくらいの時間がかかりましたか?

とちおとめは1990年に交配して、1994年に種苗登録を出願し、1996年に登録されました。だから開発自体には4年かかったのかな。
栃木県の生産者がほぼ100%、女峰からとちおとめに切り替わったのは2002年。これは本当に早いと思う。

系統「90-12-25」、のちの「とちおとめ」(1992年撮影)

品種っていうのは、代々同じ特性を受け継がないと「品種」ではないわけです。均一性や継続性が必須となります。
となると、ばらつきの出る「種」では増やせないから、いちごの親株から出てくる「ランナー」で増やすことになるわけです。これは親と全く同じ性質となります。

でもランナーは効率が悪い。栃木県の産地は何千万株も必要になるのに、1つの株から30倍とか50倍とか、増えても100倍にしかならないわけです。
それを考えたらこのくらいの期間で女峰からとちおとめに切り替えられたのは、非常に早いことだと思います。

― どうしてそんなに早く出来たんですか?

1991年に行った「新品種開発プロジェクト」が大きかったですね。今までは試験場の中だけで仕事をしていたんですが、この時はいちごの生産者が農場を提供してくれて、とちおとめを種から育ててくれたんです。10万個の苗を植えると、1個品種になるかどうかの確率。その確率を、ぐんと上げてもらえたんです。

生産者の方々はほ場やその労力を提供して、確率の幅を広げてくれました。その確率が広がらなければ、とちおとめは誕生できなかったかもしれません。
そんな色んな人の想いがひとつになって生まれたのが、とちおとめなのかなと思っています。

とちおとめがスーパーに並んでいるのを見た時は本当に嬉しかった

― 所長の「いちご歴」の中で一番苦労したことは?

やっぱり育種担当者になった時には「えらい仕事引き受けたな」と思いました。現実を見れば、女峰という素晴らしいいちごがすでに存在している。だからそれを越えるいちごをどうやって作ったらいいんだろうという戸惑いがありました。

当時、栃木県はいちごだけでおよそ200億円の産地だったんです。平成元年頃には約750ヘクタールくらいあったのかな。そういう大きな産地で新しい品種を作るプレッシャーは感じましたよね。

でも一番頭を悩ませたのは交配の組み合わせかな。「この品種のいいところと、この品種のいいところを取りたい」と思って組み合わせを決める。これは一番悩みますよね。そこはある意味、育種者の腕の見せどころだと思います。

― とちおとめ誕生から20年、一番うれしかった瞬間は?

いくつもあるけれど、とちおとめがスーパーに並んでいるのを見た時は本当に嬉しかったし、市場で評判を聞くと嬉しくなるよね。
あとは、「新品種開発プロジェクト」で、色んな人と関わりを持てたことが嬉しかったかな。

― とちおとめ以外にも同時期に誕生した品種はあるのですか?

久留米49号と栃の峰のめしべとおしべの組み合わせが逆のものからは「とちひめ」という観光用品種が生まれました。とちおとめのお父さんとお母さんの性別が逆転したものです。人間ではありえないことだけど、これはとちおとめの兄弟にあたると言ってもいいのかな。市場には出ない、いちご狩り用のいちごですね。

― いちご狩りでしか食べられないいちごですか!

いちごは、産地に人を呼べる数少ない野菜だと思うんです。いちご狩りで畑に来て、その場で完熟のいちごを味わってもらいたい。「栃木県で作ったものを、栃木県で食べて欲しい」だからこの「とちひめ」が出来たんです。「とちひめ」は栃木県内の観光いちご園でしか食べられないいちごなので、是非来て味わってほしいですね。

美味しいいちごは、自己主張してるんだよね

― いちごのプロにお聞きしたいのですが、美味しいいちごの見分け方は?

栃木のいちごはみんな美味しいから、見分けなくて大丈夫だよ!って言いたいんだけど(笑)

個人的に言うならば……美味しいいちごは、自己主張してると思います。「私、美味しいわよ!」って。その声を売り場で聞いてあげることかな。

― いちご素人の私たちにはハードルが高すぎます……

僕らはいちごの果実や株を見ただけで、味がすっと頭に入ってくるんです。ぱっと見ただけで「これは美味しくないな」とか「これは甘いだけだよな」とか、すぐ分かるの。この子は肥料が好きな子だなとか、この子はこういう風に育つよなとか、水が好きな子だな、とか分かってくることがあるんです。

― 私たちにも分かる、美味しいいちごの自己主張を教えてください

美味しいいちごは太陽によく当たっているから、色が鮮やかだし光沢があって綺麗ですね。種が赤くなっているものは光をたくさん浴びている証拠なのでおすすめです。

あとは……いちごって先端が甘いんですよ。だから先端が扁平になっているような形がよくないものはむしろ甘い部分が多いし、値段もお得なので、おすすめです。食べ方はやっぱりそのままが一番かな。足さず引かず。栃木のいちごはそのままが一番ですね。

でもある料理人さんが白いドレッシングにいちごをすりおろして混ぜていたのはびっくりしました。ドレッシングが桜色になっていて、とても鮮やかで綺麗でした。

― 無茶ぶりで申し訳ないのですが……とちおとめからも一言いただければ嬉しいです。

栃木は太陽の光もたくさんあり、土も水もいいんです。それに生産者の技術も素晴らしい。だからとちおとめが話せるならこう言うかなあ……

私は素晴らしい栃木の環境で、素晴らしい生産者のみなさんに育てられたんだよ!

みんな、色んな人に支えられて、色んな人を支えている

― とちおとめの今後の展望をお聞かせください

とちおとめもおかげさまでハタチになりました。これからも栃木県の気象にあった、みなさんに喜ばれるようないちごを作っていきたいです。それにいちごにはまだまだ未知なる部分もあるはずなので、そういった新たな魅力を引き出せるような研究をしていきたいですね。
いちごに関しての専門性を高めることはもちろん、栃木県の生産者の経営力をアップさせること。それを通じて、消費者の皆さんに「買ってよかった」「贈ってよかった」「栃木県の農産物いいね」って、貢献できればいいなと思っています。

「品種」の寿命って、とても短いものが多いんです。とくに野菜の品種は短い。
そんな中、20年もの間、とちおとめはトップランナーであり続けた。これは本当にすごいことだと思います。とちおとめも品種としてはパーフェクトではありません。病気にかかりやすかったり、輸送性に課題があったりします。そのために、これからはとちおとめの特徴を受け継ぎながら病気に強くて、棚持ちもよい品種を作っていければと考えています。

― とちおとめと同い年の新成人へメッセージをお願いします

とちおとめにも、女峰という高いハードルのいちごがありました。でも「こういうものを作りたい」「こういうことをしたい」と思ったことは、必ず叶うと思うんです。
ハタチって、大人になって社会へ出る1つの節目ですよね。だから「こんなことしたい」を描いて頑張れば、きっと叶うと思います。

もう一つは、決して1人じゃないってこと。私は今開発者の代表としてとちおとめのお話しをしているけど、私1人じゃもちろんとちおとめは作れなかった。生産者が関われば、流通の人も関わる。そして消費者も関わってくる。どれひとつ欠けても、とちおとめは成立しなかったんです。
みんな、色んな人に支えられて、色んな人を支えている。それを忘れないで欲しいと思います。

いちご研究所について

【栃木県農業試験場 いちご研究所】

2008年、前進となる旧栃木分場いちご研究室の機能拡充強化を目的に設立。日本唯一の公設のいちご専門研究機関である。新品種や新技術の開発はもちろん、経営やマーケティングの調査分析まで網羅し「いちご王国とちぎ」の更なる発展を目指している。

[ライター、カメラマン/小岩井ハナ+酒井栄太(Concent)]

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